東京高等裁判所 平成7年(行ケ)35号 判決 1997年1月21日
ドイツ国連邦共和国
ローマール 1、ハウプトシュトラーセ 150
原告
エミテック・ゲゼルシャフト・フュア・エミッシオンステクノロジー・ミット・ベシュレンクテル・ハフツング
同代表者
ヴオルフガンク・マオス
同
ジーグフリート・ナース
同訴訟代理人弁理士
萩野平
同
本多弘徳
東京都千代田区霞が関3丁目4番3号
被告
特許庁長官 荒井寿光
同指定代理人
松本貢
同
佐藤久容
同
幸長保次郎
同
関口博
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
この判決に対する上告のための附加期間を90日と定める。
事実
第1 当事者の求めた裁判
1 原告
「特許庁が平成5年審判第17525号事件について平成6年9月8日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決
2 被告
主文1、2項と同旨の判決
第2 請求の原因
1 特許庁における手続の経緯
原告は、名称を「結合方法およびこの方法に適した構成要素」(後に「結合方法」と補正)とする発明につき、1987年12月15日にドイツ国においてした特許出願に基づく優先権を主張して、昭和63年12月13日特許出願(昭和63年特許願第313063号)をしたが、平成5年6月9日拒絶査定を受けたので、同年9月6日審判を請求し、平成5年審判第17525号事件として審理された結果、平成6年9月8日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は同年10月24日原告に送達された。
2 特許請求の範囲第2項記載の発明(以下「本願発明」という。)の要旨
中空軸とその上を滑動し該中空軸の外径に相当する貫通開口を有する要素とを結合する方法、特に、中空軸を液圧膨張させてその塑性変形ならびに該滑動要素の貫通開口の表面層内に永久弾性予備応力を生ぜしめることによるカム軸、クランク軸または駆動軸の組立体の作成方法において、該要素の貫通開口内および/または該中空軸上の材料固着結合を妨げる酸化物層を、該中空軸に液圧を適用する前に、機械的に除去し、該中空軸の液圧膨張の結果、該要素の貫通開口の表面層の材料と塑性変形した中空軸の材料との間に材料固着結合を生ぜしめることを特徴とする方法。
3 審決の理由の要点
(1) 本願発明の要旨は前項記載のとおりである。
(2) これに対して、特開昭59-150624号公報(以下「引用例」という。)には、中空カムシャフトの製造に関し、バルジ成形型の成形空間内に中空カムピースを配設すると共に、前記中空カムピースの中空部に中空シャフトを嵌挿し、常温で前記中空シャフト内を加圧・拡管するバルジ成形により中空シャフトと中空カムピースとを固着することが記載されている。(第1頁左下欄~同頁右下欄)
(3) そこで、本願発明と引用例に記載のものとを対比する。
<1> バルジ加工は、素材の内側に圧力を加えて素材の一部を塑性変形させて膨出成形するものであって、圧力媒体として液体を用いることは通常のことであり(必要なら、中村正信著「パイプ加工法」昭和57年9月30日、日刊工業新聞社発行 第131頁~第135頁、第169頁~第170頁参照)、引用例には圧力媒体について液体が明示されていないが当然液体を用いているものと認められる。
<2> 更に、引用例に記載のバルジ加工は、中空シャフトを液圧膨張させてその塑性変形により中空カムピースの開口の表面層内に可塑的変形及び永続的な弾性応力、即ち永久弾性予備応力を生ぜせしめて中空シャフトと中空カムピースとを固着し結合するものであることは明らかであり、そして引用例に記載の「中空シャフト」及び「中空カムピース」は、本願発明の「中空軸」及び「中空軸の外径に相当する貫通開口(「貫通孔」は誤記と認める。)を有する要素」に相当している。
<3> そうすると、本願発明と引用例に記載のものとは、「中空軸とその上を滑動し該中空軸の外径に相当する貫通開口を有する要素とを結合する方法、特に、中空軸を液圧膨張させてその塑性変形ならびに該滑動要素の貫通開口の表面層内に永久弾性予備応力を生ぜしめることによるカム軸の組立体の作成方法において、該中空軸の液圧膨張の結果、該要素の貫通開口の表面層の材料と塑性変形した中空軸の材料との間に固着結合を生ぜしめる方法。」である点で一致し、本願発明は、貫通開口を有する要素の貫通開口内および/または中空軸の材料固着結合を妨げる酸化物層を、該中空軸に液圧を適用する前に、機械的に除去し、該要素と中空軸との間に材料固着結合を生ぜしめるのに対し、引用例に記載のものは、材料の塑性変形による固着結合であって材料固着結合でなく、液圧膨張の前処理工程である前記酸化物層の除去については記載されていない点で相違している。
(4) 相違点について検討する。
<1> 金属を圧接により固着結合すること、そしてその固着結合部(圧接部)は相互金属間に原子拡散現象による金属結合、即ち、材料固着結合が生じていることは周知の事項(必要なら、社団法人溶接学会編「新版溶接便覧」昭和41年2月28日、丸善(株)発行 第478頁参照)であり、更に、圧接において接合面の酸化物層が材料固着結合を妨げるため、圧接面の酸化物層をブラシかけ等の機械的手段によって除去してから圧接することも周知の事項(必要なら、社団法人溶接学会編「改訂第3版溶接便覧」昭和52年3月31日、丸善(株)発行 第588頁、又は社団法人日本金属学会編「改訂第3版金属便覧」昭和46年6月25日、丸善(株)発行 第1286頁参照)である。
<2> そして、液圧膨張による固着結合に前記周知の手段を適用して材料固着結合を生ぜしめることに格別の技術的困難性があったものとは認めることができない。
<3> してみると、前記相違点については、引用例に記載の固着結合方法に前記周知の手段を組み合わせることにより当業者が容易に想到し得たものにすぎず、そして、本願発明の奏する効果も引用例の記載及び前記周知事項のものから当業者であれば容易に予測し得る程度のものである。
(5) なお、請求人は審判請求理由補充書を提出して、特許請求の範囲を請求項3に減縮する用意がある旨主張しているが、原審の拒絶の理由で引用された特開昭58-132325号公報には、金属表面に銀、銅の表面層を形成してから液圧膨張加工することにより、金属同士の接合強度を向上させることが示されているので、請求項3の発明のいわゆる進歩性は認めることができず、請求人の主張は採用できない。
(6) したがって、本願発明は、引用例に記載されたものに基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。
4 審決を取り消すべき事由
審決の理由の要点(1)、(2)は認める。同(3)<1>は認める。同(3)<2>のうち、引用例に記載の「中空シャフト」及び「中空カムピース」が本願発明の「中空軸」及び「中空軸の外径に相当する貫通開口を有する要素」に相当することは認めるが、その余は争う。同(3)<3>のうち、相違点の認定は認めるが、その余は争う。同(4)<1>は認める。同(4)<2>、<3>は争う。同(5)、(6)は争う。
審決は、引用例の記載事項を誤認して、本願発明と引用例に記載のものとの一致点の認定を誤り、かつ、相違点についての判断を誤って、本願発明の進歩性を否定したものであるから、違法として取り消されるべきである。
(1) 取消事由1(引用例の誤認と一致点の認定の誤り)
<1> 審決は、「引用例に記載のバルジ加工は、中空シャフトを液圧膨張させてその塑性変形により中空カムピースの開口の表面層内に可塑性変形及び永続的な弾性応力、即ち永久弾性予備応力を生ぜせしめて中空シャフトと中空カムピースとを固着し結合するものであることは明らかであり、」(甲第1号証4頁3行ないし8行)と認定しているが、引用例には上記のようなことは記載されていない。
審決が、本願発明との対比に当たり引用例から引用した箇所の技術内容、即ち従来のバルジ成形法を具体的に理解するためには、引用例に記載の実施例及び図面を検討することが必須である。
引用例において(第1図参照)、中空カムピース11及び中空ジャーナル12は、それぞれバルジ成形型1のカム凹部22、32及びジャーナル凹部23、33に嵌装され、中空シャフト4は中空カムピースの中空孔11a、中空ジャーナルの中空孔12aに嵌装され、半円状凹部21、31によって囲繞され、こうしてすべての部材がそれぞれバルジ成形型1の凹部に嵌合されている。
中空シャフト4にシャフトを変形させる十分に高い流体圧力を内側から作用させると、シャフトはすべての半径方向に膨張するが、中空カムピースの凹部11b、中空ジャーナルの凹部12bの空間にはシャフトがかなり変形できるようになっている。中空カムピース、中空ジャーナルの円形中空孔11a、12aの領域にこのような空間はなく、中空シャフトが中空孔内に嵌挿できるだけの極めて小さい間隙が存在するだけである。引用例の第4図からわかるように、中空カムピースの凹部11b及び中空ジャーナルの凹部12bの領域では中空シャフトは塑性変形するが、中空シャフトと中空カムピースと中空ジャーナルの中空孔との間の間隙が中空シャフト材料の弾性限界に達する変形を与えるかどうかについて引用例に何も記載がないので、中空カムピースの凹部11a、中空ジャーナルの凹部12aの領域における中空シャフトが塑性変形および/または弾性応力変形しているかどうかということは不明である。
引用例の中空カムピース、中空ジャーナル及びこれらの部材の間の中空シャフト部分はそれぞれバルジ成形型1の凹部に接しているので変形しない。バルジ成形型の中で行われるバルジ成形においては、中空シャフトが膨張することのできる自由空間(引用例では中空カムピースの凹部11b及び中空ジャーナルの凹部12b)の中だけで中空シャフトの変形が行われるのである。
そして、中空シャフト内側の流体圧力を除くと、変形したすべての部分は最初の弾性変形量に応じた弾性戻りを生じるが、中空シャフトは変形したところだけで弾性戻りを示し、したがって、流体圧力を除いて中空シャフトが弾性戻りをした後には、中空カムピース、中空ジャーナル及び中空シャフトの間に小さな間隙が生じ得る。即ち、中空カムピースの凹部11b及び中空ジャーナルの凹部12bによる変形結合が生じているだけであって、中空シャフトはこれらの凹部の中で膨張しているだけであり、中空シャフトと中空カムピース及び中空ジャーナルとの間には応力結合は生じていないのである。
一方、中空カムピース及び中空ジャーナルはバルジ成形型の凹部の中に嵌装されているので、変形を生じるために移動に必要な空間がなく、弾性変形も塑性変形も生じない。
したがって、審決が、引用例に記載のバルジ加工は、「中空カムピースの開口の表面層内に可塑的変形」を生ぜしめているとした点は誤りである。
次に、中空シャフト、中空カムピース及び中空ジャーナルの間で弾性変形が生じないとすれば、これらの部材の間で弾性戻りは生じないことになるが、中空シャフトの弾性戻りよりも大きな弾性戻りが中空カムピース及び中空ジャーナルに生じるときには、中空シャフトと中空カムピース及び中空ジャーナルとの間に永久弾性応力、即ち永久弾性予備応力が生じることとなると考えられるが、このようなことは引用例には何も記載されていない。
したがって、審決が、引用例に記載のバルジ加工は、「永続的な弾性応力、即ち永久弾性予備応力」を生ぜしめているとした点は誤りである。
そして、引用例のバルジ加工におけるように、中空カムピース及び中空ジャーナルと中空シャフトとの間に永久弾性予備応力が生じないならば、中空カムピースや中空ジャーナルの表面によって中空シャフトの表面に圧力が作用することはなく、圧力結合により物質を固着させるのに必要な大きさの圧力及び適切な表面条件のうちの一つさえも満たされていないことになり、圧力による物質の固着は達成されないのである。即ち、永続的な弾性応力、即ち永久弾性予備応力を生ぜしめることができない引用例の方法では、中空シャフトと中空カムピースとを固着し結合することはできない。
したがって、審決が、引用例に記載のバルジ加工は、「中空シャフトと中空カムピースとを固着し結合する」ものであるとした点も誤りである。
<2> 上記のとおり、引用例のものにおいては、(a)中空軸の上を滑動し該中空軸の外径に相当する貫通開口を有する要素の貫通開口の表面層内に永久弾性予備応力は生じていない点、(b)中空軸が流体圧力膨張した結果としては、上記要素の貫通開口の表面層の材料と、塑性変形した中空軸の材料との間に固着結合が生じない点で本願発明と相違しているから、これらの点についても一致しているとした審決の認定は誤りである。
(2) 取消事由2(相違点の判断の誤り)
本願発明は、「中空軸を液圧膨張させてその塑性変形ならびに該滑動要素の貫通開口の表面層内に永久弾性予備応力を生ぜしめることによるカム軸、クランク軸または駆動軸の組立体の作成方法」であって、単なる「液圧膨張による固着結合」ではなく、引用例のものとは全く相違する原理及び手法によって中空軸と滑動要素との材料固着結合を達成するものである。そして、審決が材料固着結合につき周知の事項であるとして挙示するものは単なる冷間圧接(甲第8号証)や常温圧接(甲第9号証)であって、本願発明とは本質的に技術思想の相違する従来の液圧膨張による固着結合に関するものである。
したがって、相違点について、引用例に記載の固着結合方法に審決のいう周知の手段を組み合わせることにより、当業者が容易に想到し得たものとはいえない。
また、本願発明の奏する顕著な効果は、引用例の記載や周知事項から当業者において容易に予測し得る程度のものとはいえない。
第3 請求の原因に対する認否及び反論
1 請求の原因1ないし3は認める。同4は争う。審決の認定、判断は正当であって、原告主張の誤りはない。
2 反論
(1) 取消事由1について
審決は、引用例の従来技術に関する記載、即ち、「バルジ成形型の成形空間内に中空カムピースを配設すると共に、前記中空カムピースに中空シャフトを嵌挿し、前記中空シャフト内を加圧・拡管するバルジ成形により中空シャフトと中空カムピースとを固着する方法がある。」(甲第6号証1頁左下欄17行ないし右下欄2行)との記載を引用したものである。そして、バルジ加工は、素材の内側に圧力を加えて素材の一部を塑性変形させて膨出成形するものであって、圧力媒体として液体を用いることは通常のことであり、これら塑性変形を伴うバルジ成形の具体的態様は、甲第7号証の169頁に記載のカムシャフトの例にみるとおり、中空シャフトが塑性変形して中空カムピース内周に固着されるのである。
ところで、「中空カムピースの開口の表面層内に可塑的変形」を生じるか否かは、該表面層に対する変形量が弾性変形域を越えるか否かによるのであるから、その変形量の大小に応じて変わり得るものである。しかし、審決が、引用例記載のバルジ加工について認定した、「中空カムピースの開口の表面層内に可塑的変形」を生ぜしめるとの点は、本願発明の要件に認定しておらず、しかも相違点ともしていないのであるから、審決の上記認定は審決の結論に影響を及ぼすものではない。
次に、本願発明のバルジ加工においても、加工工程は中空軸を液圧膨張させ、塑性変形させるというのであって、中空軸と構成要素、即ち中空カムピースとの間に作用する力については、「本発明の方法において、永続的な摩擦係数に対して決定的な圧縮力は、圧力の負荷の間は、拡張過程終了後の残留圧縮力より大きい。原則として、このようにして製造された圧縮結合において、得られるモーメントは、最大圧縮が同時に残留圧縮となる収縮結合におけるよりも大きい。」(甲第5号証8頁11行ないし16行)というのである。要するに、中空軸の液圧膨張の際に作用する中空軸と構成要素、即ち中空カムピースとの間の圧力は、その後の液圧を解放した後の中空カムピースから中空軸に作用する圧縮力よりも大きいこと、及びこの圧縮力は焼嵌めによる圧縮力よりも大きいことというのであって、本来バルジ成形が中空シャフトをその弾性変形域を越えて、塑性変形領域において加工するものであることからすると、これらの圧縮力の大小関係は当然のことである。そして、この作用は、中空軸が塑性変形域において変形して構成要素、即ち中空カムピースに固着された結果であって、引用例のものにおいてもこれらの成形工程を同じくするのであるから、中空シャフトに対して圧縮力、即ち永久弾性予備応力を生ぜしめるのである。
そして、引用例に、中空シャフトと中空カムピースとを固着する旨の記載があることは審決に摘示のとおりである。
上記のとおり、引用例記載の中空カムピースの開口内周面には中空シャフトに対する永続的な弾性応力、即ち永久弾性予備応力が生じているのであり、中空シャフトが中空カムピースの開口内周面に対して塑性変形により固着した結果、両者の間は固着結合しているのである。
したがって、これらの点を引用例と本願発明との一致点とした審決の認定に誤りはない。
(2) 取消事由2について
上記のとおり、引用例記載のものは、中空シャフトを液圧膨張して、その塑性変形域において膨張・拡管して中空カムピースに固着するものであって、これらの加工条件は本願発明と変わりはなく、この加工条件により本願発明と同様に固着結合し、また弾性予備応力を生ずるのである。そして、審決記載の周知の手段は、この固着結合に関し適用されるものであるから、その適用に困難性はないとした審決の判断に誤りはない。
また、バルジ成形の目的が中空シャフトと中空カムピースとを固着して一体化した中空カムシャフトの製作を目指すものであり、これらの圧接において接合面の酸化層が材料固着結合を妨げるため、圧接面の酸化層をブラシかけ等の機械的手段によって除去してから圧接することも周知の事項であるから、かかる前提の下に、固着結合作用を改善するため、これら周知の処置を採ることに技術的困難性はない。そして、本願明細書によれば、中空シャフトと中空カムピースからなる中空カムシャフトの伝達可能な回転モーメントが向上するというのであるが、これは、固着結合による固着作用及び中空カムピースによる永続的弾性応力が中空シャフトに対する締め付け力であることからして、自明の作用効果である。
したがって、これらの作用効果を予測可能とした審決の判断に誤りはない。
第4 証拠
本件記録中の書証目録記載のとおりであって、書証の成立はいずれも当事者間に争いがない。
理由
1 請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、同2(本願発明の要旨)及び同3(審決の理由の要点)については、当事者間に争いがない。
2 そこで、原告主張の取消事由の当否について検討する。
(1) 取消事由1について
<1> 審決の理由の要点(2)(引用例の記載事項の摘示)、同(3)<1>(バルジ加工の内容及び引用例のものの圧力媒体には液体が用いられていること)、同(3)<2>のうち、引用例に記載の「中空シャフト」及び「中空カムピース」は本願発明の「中空軸」及び「中空軸の外径に相当する貫通開口を有する要素」に相当すること、同(3)<3>のうちの相違点の認定については、当事者間に争いがない。
そして、甲第1号証(審決謄本)及び甲第6号証(引用例)によれば、審決は、引用例中の「この種の中空カムシャフトの製造方法としては、例えば特公昭46-7644号公報に開示されているように、バルジ成形型の成形空間内に中空カムピースを配設すると共に、前記中空カムピースに中空シャフトを嵌挿し、前記中空シャフト内を加圧・拡管するバルジ成形により中空シャフトと中空カムピースとを固着する方法がある。」(甲第6号証1頁左下欄15行ないし右下欄2行)との記載から上記摘示事項を認定したものであり、上記記載は従来技術に関するものであることが認められる。
<2> 上記説示のとおり、引用例には、従来技術として、中空カムシャフトの製造に関し、バルジ成形型の成形空間内に中空カムピースを配設すると共に、中空カムピースの中空部に中空シャフトを嵌挿し、常温で中空シャフト内を加圧・拡管するバルジ成形により中空シャフトと中空カムピースとを固着することが記載されている。また、バルジ加工は、素材の内側に圧力を加えて素材の一部を塑性変形させて膨出成形するものであり、引用例における圧力媒体は液体を用いているものと認められるのである。
ところで、中空カムピースが外力により変形を起こす性質を有するものであることは明らかであり、バルジ成形型の凹部の中に嵌装されて、中空カムピースの変形がバルジ成形型の剛性により拘束を受けることがあっても、程度の差はあれ外力に応じて変形を起こすことは、その本来有している性質からして自明の事項であると考えられる。
そして、乙第1号証(特開昭61-282663号公報)には、「中空孔を有する中空ジャーナルピースおよび中空カムピースと中空カムシャフトとを嵌合してバルジ成形により固着した中空カムシャフトにおいて、前記中空ジャーナルピースおよび中空カムピースのうちの少なくとも一方の中空孔の孔表面に微細な凹凸を形成し、前記中空シャフトの外面を前記凹凸に喰い込ませたことを特徴とする中空カムシャフト。」(1頁左下欄5行ないし12行)、「バルジ成形後には、当該バルジ成形によって中空ジャーナルピース2および中空カムピース3の表面に内部応力を生じていることが多いので、この内部応力を緩和させるための加熱等の後処理を施すこともよい。」(2頁右下欄10行ないし14行)、「両成形用分割型12、13の両端部を塞栓14、15でふさいだ後、成形用分割型12、13を固定する。次に、この状態で、圧力流体送入管16より中空シャフト4内に流体、例えば水を衝撃的に圧送し、中空ジャーナルピース2の中空孔2aと中空シャフト4との間で形成された空間部分、および中空カムピース3の中空孔3aおよび凹部3cと中空シャフト4との間で形成された空間部分に前記中空シャフト4をそれぞれ拡管変形させることにより、前記中空シャフト4の外面を前記中空ジャーナルピース2の中空孔2aに密着させてこの中空孔2aに形成した微細な凹凸2bに喰い込ませると共に、前記中空カムピース3の中空孔3aおよび凹部3cに密着させあるいは前記凹部3c内に膨出させる。」(3頁右下欄2行ないし16行)、「比較例のNo.6では、中空ジャーナルピース102の凹部102bの部分でバルジ成形時に応力集中が生じたため、中空ジャーナルピース102が破壊した。」(4頁右下欄1行ないし4行)と記載され、乙第2号証(特開昭61-236965号公報)には、「バルジ成形後には、当該バルジ成形によって中空カムピース(および中空ジャーナルピース)の表面に内部応力を生じていることが多いので、この内部応力を緩和させるための後処理を施すこともよく、この場合の後処理としては、加熱炉、油浴、塩浴、スチーム等を用いることができ、また窒化処理と兼用させることもできる。」(3頁左上欄2行ないし9行)と記載されていることが認められ、これらの記載によれば、素材の内側に液体圧力を加えて素材の一部を塑性変形させて膨出成形させるバルジ加工においては、バルジ成形型を用いた場合においても、バルジ成形後に、中空カムピースや中空ジャーナルピースの表面に内部応力が発生することが多いことが認められる。ここで内部応力とは、中空シャフトの塑性変形による膨張によって、中空カムピースや中空ジャーナルピースが歪みを起こし、その結果、内側へ弾性的に戻ろうとする力であって、中空シャフトの液圧膨張によって起こった歪みにより永続的に保持された応力であるから、永続的に弾性変形を起こし得る応力であることは明らかである。
しかして、引用例に記載のものもバルジ成形を行うものであるから、中空シャフトが塑性変形を起こし、液圧膨張により中空カムピースの開口の表面層内に永続的に弾性的な戻りを起こし得る応力、即ち本願発明にいう永久弾性予備応力を生ぜしめていることは明らかである。
したがって、引用例に記載のバルジ加工は、中空カムピースの開口の表面層内に永続的な弾性応力、即ち永久弾性予備応力を生ぜしめて中空シャフトと中空カムピースとを固着し結合するものであるとした審決の認定に誤りはないものというべきである。
<3> 審決は、引用例に記載のバルジ加工は、「中空カムピースの開口の表面層内に可塑的変形」を生ぜしめるものと認定しているところ、引用例のものにおいて、中空シャフトが圧力により膨出し塑性変形を起こすことは明らかではあるが、中空カムピースの開口の表面層内に塑性変形を来していることまでをも明示する記載はない。
したがって、審決の上記認定は誤りであるが、審決は、本願発明と引用例のものとの一致点の認定において、「滑動要素の貫通開口の表面層内に永久弾性予備応力を生ぜしめること」を一致点としているのであって、「滑動要素の貫通開口の表面層内に塑性変形を生ぜしめること」を一致点としているわけではないから、上記誤りは審決の結論に影響を及ぼすものとは認められない。
そして、上記<2>に認定のとおり、引用例に記載のバルジ加工においては、中空カムピース(滑動要素)の貫通開口の表面層内に永久弾性予備応力を生ぜしめて中空シャフトと中空カムピースとを固着し結合するものであるから、審決の一致点の認定に誤りはない。
<4> 原告は、審決が、本願発明との対比に当たり引用例から引用した箇所の技術内容、即ち従来のバルジ成形法を具体的に理解するためには、引用例に記載の実施例及び図面を検討することが必須であるとして、引用例の実施例及び図面の記載をもとに、中空カムピース及び中空ジャーナルがバルジ成形型のカム凹部に嵌装されていることのほか、中空カムピース及び中空ジヤーナルに凹部が形成されていることを前提として、審決が、引用例に記載のバルジ加工について、「中空カムピースの開口の表面層内に可塑的変形及び永続的な弾性応力、即ち永久弾性予備応力を生ぜせしめて中空シャフトと中空カムピースとを固着し結合するものである」とした認定の誤りを主張している(請求の原因4(1)<1>)。
しかし、審決が引用した従来技術に関する記載部分には、中空カムピースに凹部が形成されていることは明示されていない。そして、甲第7号証(中村正信著「パイプ加工法」昭和57年9月30日 日刊工業新聞社発行)の「図11・59 VA事例―カムシャフト」(169頁)には、軸受部の内周に凹部を形成していないものが示されていることが認められ、また、本願明細書にも滑動要素に凹部を形成する旨の記載はないことが認められる。
これらによれば、引用例の従来技術に関するものにおいて、中空カムピースには凹部が形成されているものと限定的に解することは相当ではない。
そして、引用例に記載のバルジ加工において、中空カムピースがバルジ成形型の凹部の中に嵌装された場合であっても、中空カムピースの開口の表面層内に永続的な弾性応力、即ち永久弾性予備応力を生ぜしめて中空シャフトと中空カムピースとを固着し結合していることは、上記<2>に認定、説示のとおりである。
また、引用例に記載のバルジ加工は「中空カムピースの開口の表面層内に可塑的変形」を生ぜしめるものとした認定の誤りが審決の結論に影響を及ぼすものないことは、上記<3>に説示のとおりである。
したがって、原告の上記主張は採用できない。
<5> 以上のとおりであって、取消事由1は理由がない。
(2) 取消事由2について
<1> 本願発明と引用例記載のものとの相違点が審決認定のとおりであること、金属を圧接により固着結合すること、そしてその固着結合部(圧接部)は相互金属間に原子拡散現象による金属結合、即ち材料固着結合が生じていることは周知の事項であること、圧接において接合面の酸化物層が材料固着結合を妨げるため、圧接面の酸化物層をブラシかけ等の機械的手段によって除去してから圧接することも周知の事項であることは、当事者間に争いがない。
<2> 原告は、本願発明は引用例のものとは全く相違する原理及び手法によって中空軸と滑動要素との材料固着結合を達成するものであり、審決が材料固着結合につき周知の事項であるとして挙示するものは単なる冷間圧接(甲第8号証)や常温圧接(甲第9号証)であって、本願発明とは本質的に技術思想の相違する従来の液圧膨張による固着結合に関するものであるから、本願発明は、引用例に記載の固着結合方法に周知の手段を組み合わせることにより、当業者が容易に想到し得たものとはいえず、本願発明の奏する顕著な効果は、引用例の記載や周知事項から当業者において容易に予測し得る程度のものとはいえない旨主張する。
(a) まず、本願発明における「材料固着結合」について検討する。
本願明細書(甲第5号証)には、中空軸と滑動要素の貫通開口との固着結合について、「本発明の方法によれば、物質結合を形成する接着作用が現れる直接接触する表面部分が実質上拡大される。・・・さらに圧縮結合において通常利用されるような表面の凹凸の間の機械的に噛み合う部分は、対向面の精密な加工に際しても理論的な表面の僅かな部分のみが直接接触するだけなので、あまり重要でないものと見なすことができる。材料が可塑性変形するまで結合面における圧力を上昇することによって、この方法によれば接触する表面部分は最適状態になる。・・・原則として、このようにして製造された圧縮結合において、得られるモーメントは、最大圧縮が同時に残留圧縮となる収縮結合よりも大きい。・・・望ましい結果は、両表面の金属部分が直接接触することに依って得られる。・・・本発明による方法の第1の有利な実施態様によれば、相応する圧力作用によって、結合を妨害する酸化物層が拡張に際して破壊されるような大きさで可塑的な変形がもたらされる。」(7頁13行ないし9頁末行)と記載されていることが認められ、上記記載によれば、本願発明における材料固着結合とは、物質結合を形成する接着作用が現れる直接接触する表面部分が実質上拡大するため、圧縮結合において、材料が可塑的変形をするまで圧力を上昇することにより接触する表面部分を最適状態にし、固着結合することを意味するものと認められる。
上記のとおり、本願発明における材料固着結合とは物質結合を形成する接着作用が現れる直接接触する表面を拡大するものであって、そのためには「材料が可塑的変形をする」という工程を有することによって達成されるものと認められる。
ところで、前記(1)で検討したとおり、引用例に記載のバルジ加工は、中空シャフトを液圧膨張させてその塑性変形により中空カムピースの開口の表面層内に永久弾性予備応力を生ぜしめて中空シャフトと中空カムピースとを固着し結合するものであるから、本願発明において材料固着結合を達成するための必須の工程である「材料が可塑的変形をする」という工程を引用例に記載のバルジ加工においても同様に用いているものと認められる。
したがって、引用例記載のバルジ加工は、本願発明とは原理的には共通する工程を有しているものであるから、本願発明は引用例のものとは全く相違する原理及び手法によって中空軸と滑動要素との材料固着結合を達成するものであるとの原告の主張は採用できない。
(b) 甲第8号証(社団法人溶接学会編「新版溶接便覧」昭和41年2月28日、丸善(株)発行)によれば、冷間圧接において、金属面を互いに近づけると点接触部分が小さな圧力で接着し、この部分は大きな応力集中が起きて最初に変形し、圧力、変形の増大により面と面の真の接触が起こること、その際の変形は塑性変形であること、圧接部において、相互金属間に原子拡散現象による金属結合、即ち材料固着結合が生じていることが認められる。
審決が甲第8号証をもって周知の事項として示したものは、上記のとおり、圧力の増大により金属が塑性変形を起こし、材料固着結合を生じさせるものであるから、本願発明における材料固着結合と特に相違するところはなく、本願発明とは本質的に技術思想が異なるものとすることはできない。
また、審決が甲第9号証をもって周知の事項として示したものは、圧接において接合面の酸化物層が材料固着結合を妨げるため、圧接面の酸化物層をブラシかけ等の機械的手段によって除去してから圧接するということであって、本願発明とは本質的に技術思想が異なるといえないことは明らかである。
(c) 液圧膨張による固着結合に上記<1>の周知の手段を適用して材料固着結合を生ぜしめることを想到することが、技術的に格別困難であるとは認められない。
したがって、引用例に記載の固着結合方法に上記周知の手段を組み合わせることは、当業者において容易になし得たものと認めるのが相当であって、相違点についての審決の判断に誤りはないものというべきである。
本願明細書(甲第5号証)には、本願発明の効果について、「構成要素と中空軸との間で伝達可能な回転モーメントをさらに改善し、」(13頁14行、15行)と記載されているが、上記作用効果は、引用例の記載事項及び周知の手段から予測し得る程度のものにすぎず、この点についての審決の判断にも誤りはない。
したがって、原告の上記主張は採用できない。
<3> 以上のとおりであって、取消事由2は理由がない。
3 よって、原告の本訴請求は失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担及び上告のための附加期間の付与について、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条、158条2項を各適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 伊藤博 裁判官 濵崎浩一 裁判官 市川正巳)